ひろとさん 31歳からの投稿

社会人一年目に交際5ヶ月で、恋愛結婚しました。

私はスウィング・ジャズが好きなのですが、なかなか同世代にそういった話を出来る人がおらず、たまたまバーで知り合った彼女とは、何時間でもマニアックな話が続けられ、また、自分は非常に内気な性格なのですが、そんな自分が下手な言葉で遅々と話すのにも、彼女は辛抱強く付き合ってくれました。

「ああ、こんな人だったらずっと一生一緒にいて楽しいだろうな」と思ったのがきっかけで結婚を決意しました。

お互い同い年の23歳でした。

生活能力のない妻と離婚を決意

専業主婦なのに、家事やその他あらゆる共同作業をきちんとやってくれませんでした。

私が疲れて遅い時間仕事から帰ると、面倒くさそうにソファから起き上がり、投げやりに冷凍食品を食卓に出し、足元にはちり紙が散らかっている有様でした。

昔から無気力な面があって、その「ゆるいキャラ」が私は好きだったのですが、生活をともにするとそうも行きません…。

私は気が弱い性格なので、何も言えなかったのですが、ある日腹が立って「きちんとやることをやれ!」と言うと、「私がいてあげるだけじゃ足りない?」というようなことを言われ、「ああ、これは続けていけないな」と1年ほどで離婚を決意しました。

正面から離婚の意思を伝える

正直に「ともに生活を築いていくというヴィジョンが持てない」という話をしました。

幸いだったことには、元妻はかなり世離れしていて、さらにサバサバした性格で「そう。

私は不適格なのね」という言ったきり、次の日には離婚へ向けた実質的な手続きを二人ですすめることが出来ました。

妻はどう見ても生活能力のある人ではなかったので、家財道具などは大半を無条件で与えてあげ、「いずれ関係が改善したらまた会おう」というような円満な形で話が進みました。

円満に離婚が成立

財産分与などについては、私たちはまだ若く、分け与えるようなものもなかったので話にすら出ず、その他の手続きも淡々と続いていきました。

「煩雑なやり取りはなるだけないことにして、若気の至りとお互いが再起動しましょう」といったような円満な離婚が出来たことは本当によかったなと思っています。

元妻の性格を誰よりも知っているからでしょう。

最後には元妻の両親から「あんな変な娘を短い間だけれども、支えてくれてありがとう」と何故か礼を言われるという不思議な一幕もあり、こうして私達の短い結婚生活は終わりを告げたのでした。