てんぞうさん 36歳からの投稿

僕は若くして(22歳)で結婚をしました。

それは、できちゃった婚等ではなく、親と折り合いが悪くて早くに一人暮らしをしていた僕のもとに、同じく家族とうまくいってなかった彼女が合流したところから始まったと結婚いう、緩いスタートでした。

離婚に至った理由

緩いスタートだったということで、細かい決まりごとはなく、互いに生活費を折半してお金を入れていくというくらいがルールでした。

その中で子供ができたら、面倒を見られる側が空き時間を利用してみていけばいいという、普通の夫婦という縛りよりかは気楽なルールだったのですが、お金に関してだけはお互いに譲れない一線というものがあって、その譲れない一線が僕の会社の倒産によって崩れた(僕が一時的にお金を出せなくなった)のが妻から切り出された離婚とう事への最大の理由となりました。

交渉の余地なし、そして離婚へ

妻から、約束を守れなくなった以上は離婚もやむしだと言われたことについて、僕としても再就職活動中であり、お金が入ったら帰還の支払えない分は後日充当していくと話しましたが、そうなる前に、事前にある程度の蓄えをして、その貯金で生活費を出せばいいのに、そうした備えができていないことに大人としてどうなのかと強く詰問をされて、返す言葉もなく僕は離婚を受け入れざるを得ませんでした。

そうして離婚に同意した後で妻に預金をしているのかを聞いたら、妻は結婚14年になる現時点で30ヵ月は無職になっても約束の金額は入れられる額を有していることを知り、自分の計画性の無さを反省しました。

財産について、これからについて

こうしたお金の事だけで離婚した理由の一つとしましては、我々は残念ながら子供が生まれなかったために、契約的なものの中で縛られすぎていたというものがあります。

とは言え、そのおかげで養育費などは発生しませんでした。

また、互いにほしいものは自分の甲斐性の中で買う。

二人で共有のものは割り勘で手に入れるというルールもありましたので、共通の資産は車くらいのものであり、現在の家を僕が出ていくこととなり、僕は車は放棄することにしました。

妻も一人では駐車場代や保険代などがかさむこともあり、今の車を下取りに出して軽自動車にするようです。

もともとが緩い契約のような結婚でしたが、離婚してよくなかった点は、個々に自らの生活にかかる費用を全額負担しなければいけないので大変になったと思います。

他方、離婚後の僕は自分の稼ぎがすべて自分のものとなり、その稼ぎの中から自分の将来に備えるための預金をしていくことをはじめられたのが良い点ではあると思います。

友人たちからはドライな別れ方だと言われることもありますが、こうしてそれぞれが独立して生きていく道がこの年でできたことは、新しい人生に向けてちょっと面白いことかなと今は前向きにとらえられています。